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最高裁判所第一小法廷 平成3年(あ)1042号 決定

本店所在地

埼玉県三郷市早稲田五丁目五番地一五

新星商事株式会社

右代表者代表取締役

阿部馨

本籍

埼玉県三郷市駒形三七五番地三

住居

同 半田一〇七六番地

会社経営者

工藤幸三

昭和一四年九月二五日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成三年九月二五日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから各上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人五木田彬、同辰野守彦の上告趣意は、違憲をいう点を含め、その実質は事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大白勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 高橋久子)

平成三年(あ)一〇四二号

○ 上告趣意書

法人税法違反 新星商事株式会社

同 工藤幸三

右被告人らに対する頭書被告事件につき、平成三年九月二五日東京高等裁判所第一刑事部が言い渡した判決に対し、被告人から申し立てた上告の理由は、左記のとおりである。

平成四年二月一四日

弁護人 五木田彬

同 辰野守彦

最高裁判所第一小法廷 御中

原判決は、事実の誤認および法令の解釈適用の誤りがあり、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである上、本件の諸情状を考慮すれば、原判決の量刑は著しく重きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

以下、その理由を述べる。

第一点、原判決には、左記のとおり判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第一、本件における事実上の争点と原判決の判断

一、本件における事実上の争点

本件において弁護人が第一審以来主張している争点は以下のとおりである。

(一) 株式会社小松原研修事業団(以下「小松原研修事業団」という)と株式会社リクルート・コスモス(以下「リクルート・コスモス」という)との間で昭和六二年後半に埼玉県三郷市さつき平所在のいわゆる「パークフィールドみさと」第二次開発事業(以下「みさと第二次開発事業」という)が締結・実施され、これに関して、ユニゾン株式会社(以下「ユニゾン」という)に対し「取りまとめ報酬」という名目で同年一一月四日に小松原研修事業団から金一億円が、同月二六日にリクルート・コスモスから金三億二二〇〇万円が支払われ、更に同年一二月一五日にユニゾンから「京葉住宅株式会社」(以下「京葉住宅」という)という名義の口座に金三億七〇〇〇万円が支払われ、京葉住宅はダミーであって、この金銭の全額が被告人新星商事株式会社(以下「被告会社」という)の昭和六二年一〇月三一日までの事業年度に帰属する仲介報酬であるとの判断のもとに公訴提起されたが、

(1) 小松原研修事業団、リクルート・コスモス社からユニゾン、京葉住宅経由で被告会社に支払われた金銭は、仲介あるいは取りまとめ報酬ではなく、右金銭受領後、みさと第二次開発事業に関し被告会社の行なう地元対策の費用としての支払いであり、

(2) 昭和六二年一二月一五日に被告会社が受領したのは、金一億九〇〇〇万円で、その後、昭和六三年五月一八日にユニゾンもしくはその意を受けた黒川憲一(以下「黒川」という)が金六〇〇〇万円を被告人方へ持参したものであり、

(3) リクルート・コスモスとユニゾン小松原研修事業団とユニゾンの「取りまとめ報酬」支払の有無の決定、金額の決定は、実際には昭和六二年一一月以降になされ、これに基づいてユニゾンに同月中に支払がなされた経過があり、

(4) 被告人・被告会社においては右のとおりの事実認識をなし、その認識に従って昭和六二年一〇月三一日までの事業年度の被告会社法人税確定申告をなしたものである。

以上の事実関係の主張の対立により、

〈1〉 収益帰属時期

(ア) 右みさと第二次開発事業に関し、被告会社が入手した金額の如何を問わず、昭和六三年一〇月期に属する日に受領した将来の地元対策費という性質上、帰属年度は同事業年度もしくはそれ以降であり、

(イ) 仮に右金員が共同事業取りまとめ報酬という性格の金銭であったとしても、不動産仲介報酬の帰属年度に関する判例上の見解である、仲介にかかる取引と、仲介報酬額の決定がなされた年度(東京高等裁判所昭和四八年八月三一日判決。判例時報七一七号四〇頁。)という観点からは、右金員の収益帰属年度は、右金員の収益帰属年度は、如何に早くとも、小松原研修事業団、リクルート・コスモスとユニゾンの取りまとめ報酬合意時点である。昭和六三年一一月、もしくは被告会社とユニゾンの間で被告会社の取り分が決定した同年一二月の属する事業年度である。

〈2〉 収益額

(ア) 右みさと第二次開発に関し、被告会社が収受した金額は、昭和六二年一二月一五日に受領した金一億九〇〇〇万円を上回らず、

(イ) 仮に昭和六三年五月一八日に受領した金六〇〇〇万円を加算しても金二億五〇〇〇万円を上回らない。

なお、右の関係で京葉住宅は被告会社のダミー会社ではなく、ユニゾン或いは黒川の設定したダミーである。

〈3〉 故意の欠缺

被告人、被告会社は、昭和六二年一二月一五日に金一億九〇〇〇万円(もしくは前記金六〇〇〇万円を加えた金二億五〇〇〇万円)を収受するに際し、それら金銭の収益帰属年度は昭和六三年一〇月期以降と認識していたのであり、みさと第二次開発に関連して収受した金額を昭和六二年一〇月期の所得として計上しなかったことにつきほ脱行為の故意は存在しない。

(二) 昭和六二年一〇月期における土地売上収入のうち、有限会社郷総合企画(以下「郷総合企画」という)名義の取引による不動産譲渡所得金二億三七七〇万九八三二円については被告会社の昭和六二年一〇月期の所得であるとされたが、被告人、被告会社において、被告会社および郷総合企画の適法な申告期限内に法人税申告をなす意思を有していたのであり、ほ脱の故意は存在しない。

二、争点に関する原判決の判断

1、事実関係

原判決は、右の各争点につき、控訴事実を全て容認した第一審判決を支持し、その理由として左記のとおり述べている。

(一)みさと第二次開発関係の金銭の性質について(原判決一一丁裏五行以下)

(1) 「被告会社の実質的経営者である被告人は、小松原研修事業団に対し、ユニゾンの梅田を通じて、みさと第二次開発事業の共同事業の相手方としてリクルート・コスモスを勧め、一方、リクルート・コスモスに対し、小松原研修事業団側の情報提供するなどしたものであって、その結果、小松原研修事業団とリクルート・コスモスの共同事業契約の締結に至ったのであるから、被告会社には相当額のジョイント料を受領する権利があ(り)」(同一二丁二行以下)

(2) 「本件ジョイント料は二〇〇億円を超える大規模な事業に係るものであり」(同丁八行)

(3) 金額の決定過程、その金額、内部配分が特に不自然ではない(同丁一〇行以下)、

(4) 被告会社が具体的に地元対策の必要が生じていたものとは認められず、その費用を支出した事実も認められない(同一三丁三行目以下)。

(二)みさと第二次開発に関する被告会社受領金額(同九丁裏一〇行以下)

(1) 「被告人は、被告会社がみさと第二次開発事業に関して取得した右三億七〇〇〇万円の秘匿を図り、南川をしてその受け皿として利用できるダミー会社を捜させた結果、京葉住宅を利用することとし、右三億七〇〇〇万円を京葉住宅の銀行口座に振り込ませた上、即日南川をしてこれを現金化させ、うち一億二〇〇〇万円を同社代表者の菊地に対して支払い、残額の二億五〇〇〇万円を受領したものである」(同一〇丁七行以下)

(2) 「菊地に対して支払った一億二〇〇〇万円は、京葉住宅をダミーとして利用したことの対価、換言すればいわゆる脱税協力金にほかならず、法人税法上損金とは認められない」(同丁裏一行以下)

(3) 「(京葉住宅の実態は明らかでなく、その実在性に疑問の余地がないではないが)京葉住宅の実在性の如何にかかわりなく、被告人において同社の名義や銀行口座をダミーとして利用し、その対価として、被告会社の取得した三億七〇〇〇万円の中から一億二〇〇〇万円を支払ったことは動かし得ない事実であって、これを取得したのが京葉住宅の中を藉りた第三者であったとしてもそのことから直ちに右一億二〇〇〇万円が当初から被告会社の所得となっていなかったというのは、論理の飛躍以外の何者でもない」(同一〇丁裏五行以下)

(4) 「京葉住宅をダミーとして利用したのが被告会社であることは関係証拠上明らかである」(同一一丁五行以下)

(5) 金一億二〇〇〇万円には、京葉住宅に納税の必要が生じた場合の税金相当分、南川と菊地の代理人に対する謝礼各一〇〇〇万円が含まれていることが窮われるので、これを除くと金四〇〇〇万円となり過大ではない(同一一丁八行以下)

(三) 「取りまとめ報酬」等の決定時期(同一四丁六行目以下)。

この点について原判決が弁護人らの主張を〈1〉取りまとめ業務の終了時期は三箇月の委託期間の経過する同年一一月末日以降である〈2〉ユニゾンとリクルート・コスモスの取りまとめ成立時期は同年一一月中旬以降である〈3〉被告会社の取得金額の決定は同年一二月以降である、の三点に分析している点には異議はないが、後述する故意の関係で付加すべき事由は存在する。

(1) 右〈1〉については、共同事業取りまとめ業務は、共同事業契約の終了時点で終了している(同一五丁一行以下)。

(2) 右〈2〉については、

(ア) 証人黒川の証言以外の関係証拠の一致。

(イ) 小松原研修事業団の内部決済が同年一〇月末付でなされている(同六行以下)。

(3) 右〈3〉については、被告人の第一審の供述結果以外に証拠がなく、他の関係証拠が一致して、被告会社の取得分が同年八月下旬ころ決定したとして(同一六丁七行以下)、いずれも弁護人らの主張を排斥している。

(四) ほ脱の故意について(同一六丁裏六行以下)

この点については、原判決は捜査段階における被告人の供述調書に全面的に依拠して、弁護人らの主張を排斥している(同一七丁二業以下)。

(五) 被告人の捜査段階の供述の信用性

原判決は、前記記載の各判断をなす大前提として、被告人の捜査段階の供述に信を措き、その理由として以下の点を指摘する(同七丁五行以下)。

(1) 捜査段階の被告人の供述内容の一貫性と他の供述調書との整合性(同八行目以下)

(2) 「(昭和六三年五月一八日にユニゾンから六〇〇〇万円受領し、以後口裏合わせをしたという点につき)京葉住宅をダミーとして利用したのは被告会社であってユニゾンではないから、京葉住宅が実態のない会社であることが発覚して困るのも被告会社の筈であって、梅田の方から一方的に工作を持ち掛けるのは不自然であ(り)」「被告会社の方は現に査察を受けているというのに税務当局の調査も行なわれていないユニゾンの脱税工作に協力したというのは一層不自然、不合理であること」(同八丁九行以下)

(3) 第一審公判で梅田から六〇〇〇万円を受領した旨を供述していたのに、原審で証人梅田が黒川の名前を述べるや、黒川から受領した旨供述を合理的な理由なく変更したこと(同八丁裏七行以下)

3、郷総合企画のほ脱故意について

原判決は、この点につき「被告会社の昭和六二年一〇月期の法人税申告期限である同年一二月末日ころまでの時点において、被告人が、郷総合企画名義の取引による収益を同社の所得として申告する意思を有してるものとは、到底認められない」とし(同一八丁二行以下)、その具体的な根拠として、「昭和六三年一月になって、形式的に被告会社の代表者となっている青木新治(以下「青木」という)が実質的に経営する青木不動産株式会社に武蔵野税務署の調査が入ったことを契機として青木において、被告会社の郷総合企画名義の取引による収益が問題になることを惧れ、・・・被告人としてもようやくこれに従い郷総合企画の所得として申告する気持になった(同一八丁四行目以下)」との認定事実を挙げる。

更に原判決は一歩進んで、「当初から郷総合企画名義の取引による収益を同社の所得として申告する意思があったものとしても、当該取引は被告会社が行なったものであり、郷総合企画には企業としての実体がなく、同社名義とされている取引も実際に行なった実跡が全くない以上、そのような事実に反する申告が否認されるのは必定であり、被告人としても、そのことは十分知悉していたものと認められるから、被告人に被告会社の法人税逋脱の故意があったことに変わりない」と述べる。

第二、原判決の事実認定の誤り

一、みさと第二次開発に関する受領金について

1、第一点、第一、二で分説したとおり、原判決のみさと第二次開発に関する被告会社の受領金の性質、金額受領経緯、金額決定時期、被告人の認識内容(ほ脱故意)のいずれについても、結局、被告人その他の関係人の捜査段階における供述結果のみに依拠し、第一審および原審で顕出された各証拠、即ち、被告人の供述、証人梅田、黒川の証言の証明力を全く無視したものである。

右みさと第二次開発に関する金銭の流れおよびその決定過程は、本件の一連の関係証拠によってすら解明されえていない不可解な事実関係をたどったのであり、少なくとも被告人・被告会社の認識した事実、受領した金銭、その決定経過は、被告人が第一審公判廷以来一貫して述べているとおりであり、そのことは原審における梅田・黒川の両証言および捜査段階において埋没されていた幾つかの証書により充分に裏打ちされたというべきである。

このことを原判決の各認定事実に即して論証する。

2、金銭の性質について(ジョイント料か地元対策費か)

(一)原判決の金銭の性質の認定根拠は、第一点、第一、二、1(一)(1)記載の小松原研修事業団にリクルート・コスモスを勧めたことおよび小松原研修事業団の情報を提供するなどしたことによって「ジョイント料を受領する権利がある」という見解を基礎とするものと解される。

右のうちリクルート・コスモスへの情報提供は、いかほどの意味をもつか不明であり、かつ被告人とリクルート・コスモス社長との接触時期(平成元年四月一九日付被告人の検面調書二三丁参照)からしてそのような行為が実在したか否かさえ必ずしも明らかではないので原判決の所論は、要するに小松原研修事業団に「口きき」をした、という点に尽きるものといえよう。

成程、被告人は、三郷市において相応の影響力があり、小松原研修事業団とも過去に取引歴もある者ではあるが、被告会社をはるかに上回る規模の両者間の、しかも二〇〇億円を超える取引において、被告人のいわば「ツルの一声」で取引相手の選定がなされうるであろうか。答は、明らかに否である。

(二)また、右のみさと第二次開発に関し、開発業者として名が上がったのは、リクルート・コスモス以外には具体的な候補名は上げられていない(川又秀信検面調書、小野平成元年四月一七日付検面調書参照)。

更に小松原研修事業団は、リクルート・コスモスとの間の「売買」の申入には応じず「共同事業」の申入に応じたものであることが同社社長川又秀信検面調書四丁裏に示されており、同社が節税面の効果を期して共同事業を進めることに応じたことをうかがわせている。

小松原研修事業団は、資金需要上早期の契約達成を希望したことも明らかであり(前記各調書参照)、節税効果が期待でき、資金調達が可能な「共同事業」は最適の事業形態であったといえる(なお小野前記調書一一丁参照)。

このことからも、リクルート・コスモス社が小松原研修事業団の共同事業の相手方の選択が被告人の推奨が功を奏したからと認め難いものといえる。

換言すれば、小松原研修事業団は、リクルート・コスモス社との「共同事業」形態を選択したのであり、この方式の採用について被告人が全く関与していないことは証拠上明らかである。

(三)更に、注意すべきことは、前期川又秀信においては、検面調書において仲介者として梅田しか認識していない旨を明言している点である(同人検面調書一三丁)。なお、この点について同人は平成元年四月二二日付で「答申書」と題する書面を提出しているが、同文書は検面調書と印鑑を異にしていること(因みに、金一億円決済稟議書とも印を異にしている)、ユニゾンをユニオンと誤記していること、内容が殊更に供述内容を訂正したことをうかがわせる不自然なものであること等から、同人が仲介者としての梅田しか認識していなかったことをむしろ裏打ちするものといえる。

また、同社の開発本部長である小野吉男においても「被告人が裏で糸を引いている」ことを認識したのが昭和六二年八月である旨を供述しているが、その時期の正確さはさて置くも、リクルート・コスモスとの共同事業そのものが決定した後であることは同人の供述調書から明らかである(同人の前記検面調書一四丁)。

(四)このように、本件記録を如何に子細に検討しても、被告人が、小松原研修事業団とリクルート・コスモスの両者間の共同事業の成立に仲介人として寄与した事実は直接的にも間接的にも認めることができない。

従って「(被告人の勧奨等の一連の行為)の結果、小松原研修事業団とリクルート・コスモスの共同事業の締結に至った」という原判決の認定事実は明らかな誤りであって、その帰結としての「被告会社には相当額のジョイント料を受領する権利がある」旨の認定の誤りも明らかであることは論をまたない。

(五)原判決のその余の判断根拠(前記第一点、第一、二、1、(一)、(2)、(3)、(4))中、共同事業が二〇〇億円を超える大規模な事業であった(同(2)ことは、「相当額のジョイント料」を受領する権利を前提とするものであり、これに理由がない以上、何ら根拠となりえないし、金額の決定過程、その金額、内部配分が不自然ではないとの理由(同(3))は被告会社が仲介行為に携わっていないことを踏まえれば、何ら正当性を持たない議論であり、地元対策の必要性・現実の地元対策の実施の有無(同(4))についても単なる事後的評価に過ぎず、被告会社の受領金がジョイント料であったことの積極的理由付ではありえない。

(六)被告人、被告会社が過去に本件開発およびその関連で実施した事業は主に地元対策であることは本件関係証拠上明らかであって(甲第八二号証の対策費収入調査書参照)、本件受領金もこれと同趣旨であることは疑う余地はないのである。

結局のところ、原判決および第一審判決は、小松原研修事業団およびリクルート・コスモスが支払った金銭の名目のみに目を奪われて、被告会社の受領した金銭は何か、という主要命題に対する判断を誤ったものに他ならないのである。

(七)弁護人の右の主張を積極的に裏付ける証拠は、第一審、原審を通して顕出されている。とりわけ原審における黒川の証言が顕著に金銭の性質を物語っている。

〈1〉 ユニゾンへの支払の位置付け(同人調書一〇丁以下)

「ユニゾンという会社は、これは具体的には、どういう業務をしたんですか。

業務的には、しておりません。

(中略)

・・・大和ビルさんに払うということは、多分これはリクルートさんとの間で決まってたことでしょうけれども、ここに現れてるユニゾンという会社へ、じゃななぜ払うかということは、その時点では全然決まっている話しではなかったと思います。

(中略)

ユニゾンにお金が支払われることが決まったのはどういう理由なんですか。

理由は、・・・まあ、地元対策ということで払わなきゃいけない、という話しが出たようなんですけれども、そのときに小松原さんは払う、と。リクルートさんも小松原さんから「じゃあ、払わなきゃしょうがないでしょうね」というお話しだったと思うんです。ところが、その払い先が新星商事ということで話しが進んでいったと思うんです。そのときに、リクルートさんのほうが新星商事という会社を全然知らないので、今まで取引もないし、払えない。払えないというか、直接払うことはちょっと抵抗があり過ぎるというんで「どうしようか」というお話しだったと思うんです。それで、リクルートとも取引のあったユニゾンという会社を通した形でおはらいになったらどうですか、ということじゃなかったかと思います」

(以下一一丁末尾まで)

(中略)

(地元対策費を)をもらった側から言うと、地元対策費をその金をもって行うという趣旨のお金なわけですね。

そうですね。その以前にということではないと思います(同一二丁裏末尾六行以下)。」

〈2〉 実際の仲介者(同三二丁表末尾二行以下。検察官の質問に対するものである)

「リクルート・コスモスと小松原研修事業団との間を取り持ったんですか、工藤幸三が。

いや、それはございません。

(中略)

中を取り持ったのは誰ですか。

取り持ったという意味で行くとやっぱり大和ビルさんじゃないでしょうか。」

(中略)

不動産業界の場合、そういうふうにして一度口ききというのかな、入ると、まとまった場合に手数料をもうらことが多いんじゃないですか。

そうですね。それが大和さんの役目だったと思います。

工藤もその一人じゃないんですか。

その件に関してはちょっと違いますね、入っていませんでした。

どうして入ってないと分かるんですか。

大和ビルさんに話というか、リクルートさんに持って言っていただきたいといって話したわけじゃないんですけど、いわゆる二次開発の土地をどうにかしよう、できるとこありませんかというお話しで、大和ビルさんに持って言ったのは私ですから。(同三三丁表末尾二行まで)」

〈3〉 被告人の行動時期(同四五丁一〇行以下)

こと二者の間では工藤さんは全然動いていないですね。コスモスと小松原の間では。

まとまるまでは動いておりません。

以上のとおり、黒川証言は、終始、被告人が取りまとめ業務を行ったものではないこと、被告人には地元対策費が支払われ、これを支払側の都合で「取りまとめ報酬」としたものであること、およびその対象業務は、被告人が金銭受領後に行うものであることを述べており、極めて一貫したものである。

この点にする同人の証言は、自発的かく自然なものであり、殊更に被告人、被告会社に有利になるよう事実を歪曲したものとは到底認められない。

(八)以上の証拠を総合すれば、被告会社の受領すべき金銭の性質は昭和六三年一〇月期事業年度に帰属する地元対策費であったとが明らかである。

3、被告会社受領金額について

(一)みさと第二次開発に関する被告会社受領金額についての原判決の認定根拠は、前記第一点、第一、二(五)に示される判断に基づき、被告人の第一審以来の供述内容を措信できないものと決めつけ、結果として、同(二)(1)記載の第一審判決どおりの認定をし、京葉住宅への支払とされる金額を被告会社の脱税経費とし(同(二)(2)、(3)、(4))、その額が必ずしも過大でない、というところに尽きると解される。

(二)しかしながら、原審で取り調べられた各人証により、捜査段階での関係人の供述結果こそが虚構であり、実際に授受された金銭の額、その時期、京葉住宅の位置付のいずれの点についても被告人の供述内容が真実であることを裏付けられている。

(三)金銭受領時期と各受領金額

(1) 本件第一審以降、被告人が一貫して主張している内容は、被告会社としてみさと第二次開発に関連して金銭を受領したのは、昭和六二年一二月一八日に金一億九〇〇〇万円と昭和六三年五月一八日に金六〇〇〇万円であった、というものである(被告人の第一審第五回公判調書添付の被告人供述調書速記録一丁以下)。

(2) この合計額は金二億五〇〇〇万円であり、受領額の総額については争いがないところ、原判決は、このうちの金六〇〇〇万円の授受が昭和六三年五月一八日に行われた事実を否定し、その実質的な理由として〈1〉京葉住宅をダミーとして利用したのは被告会社であってユニゾンではないから、京葉住宅が実体のない会社であることが発覚して困るのは被告会社であってユニゾンではないこと〈2〉被告会社は現に査察を受けているのに調査も行われていないユニゾンの脱税工作に協力することは不自然であることの二点を挙げる(原判決八丁九行以下)。

しかしながら、右〈1〉の、誰が京葉住宅をダミーとして使ったかは、被告会社受領金額の認定に重要な意味を持つものであって、この点を京葉住宅は被告会社のダミーと決めつけて判断根拠とすることは問いをもって問いに答える論法に他ならず、論理的に無意味である。

更に右の〈2〉の点は、被告会社が、査察を受けた時点での、みさと第二次開発関連の受領金の収益帰属年度の認識を無視したものである。即ち、被告人は、右金銭が昭和六二年一一月以降に入金したものであって、その帰属年度は昭和六三年一〇月期であると確信していたのである。然るが故に、右金六〇〇〇万円を含む金二億五〇〇〇万円を表面化させて昭和六三年一〇月期の所得として申告することに抵抗を持たなかったのである。

このことは、大蔵事務官原村憲作成の土地仲介料収入調査書(甲大八一号証)から明らかに察知することができる。

即ち、同調書三丁以下の被告人供述要旨のうち、右六〇〇〇万円受領の翌日の同月一九日付で、初めてユニゾンとの関係に触れ、「青木に指示して五月一八日に六〇〇〇万円、今日一億四〇〇〇万円持ってこさせ、武蔵野銀行三郷支店の会社の普通預金に預入れしました」と述べているが、この時点では帰属年度について何ら供述されていない。

帰属年度に言及されるのは、昭和六三年八月一〇日の供述調書の要旨からで、この約三箇年間に、同じ点に関して、同年六月二日、七月一五日に質問てん末書が作成されていたことが同調査書に記載されている(同号証四丁、五丁のてん末書日付参照)。

以上の経緯から、被告人は、右六〇〇〇万円受領直後に、あたかも自己が取りまとめ業務を行ったかの如き供述を行ったが、その時点での認識は翌期の帰属収入として申し述べたものであり、三箇月にわたる調査を経てその後被告人の真意に反して、昭和六二年一〇月期の収入である旨の供述を録取されたのである。

これに加え、被告会社が査察中に金六〇〇〇万円を含む合計二億円をあえて表面口座に計上したこと等からも、同人は六〇〇〇万円受領時点では、みさと第二次開発関係の受領金は、翌期に帰属し、査察の対象ではないと信じていたことが明からであるので、この時点でユニゾン(或いは黒川個人)から六〇〇〇万円を受領したことをもって不自然とする理由はない。また、被告会社が六〇〇〇万円を含む三億七〇〇〇万円全額をあたかも全額自己の収入であるかの如き対応をすることによって、ユニゾン・黒川側は、実在しない京葉住宅への支払を被告会社への支払いとして全額課税を免れうる、という大きなメリットが存在したのであるから、被告会社への六〇〇〇万円の持参をもって何ら不自然とするものではない。

以上のように原判決が捜査段階の供述調書等に依拠してなした判断は、その理由付において全く誤ったものと断言できる。

(3) より端的に、原審における黒川、梅田の両証言が、右の点についての真相を明瞭に物語っている。

〈1〉 黒川の証言(同人調書一三丁裏以下)

「まず確認ですが、六三年の五月に新星商事へ六〇〇〇万円というお金を持って行ったことがあります。

・・・はい、届けたこと、ございます。

あなたが届けたんですね。

はい、届けたのは私でございます。

(中略)

次に、これも確認ですけれども、前の年の六二年一二月一五日に一億九〇〇〇万円を新星商事に渡したことがありますか。

・・・金額ちょっと覚えていませんけれども、工藤さんにお渡ししたのは覚えています。

(中略)

それはともかくとして、大体じゃあ二億程度の金ということで大きな間違いはないんですか。

そうですね。流れとしてはそんなはずだったと思います。」

以上の証言の中で、黒川は、昭和六三年五月に、被告人に金六〇〇〇万円を持参した事実を認め、昭和六二年一二月一五日に受渡された金額は、約二億円であると認め、内容的に被告人の供述内容と一致している。

黒川の証言調書を冷静に読む限り、その余の同人の供述中、証言内容において措信し難い部分は、昭和六二年一二月一五日にユニゾン社員の植木が一旦京葉住宅名義の口座に入れたうえで引出したという三億七〇〇〇万円(同人調書一六丁裏五行目以下)から被告人に渡された約二億円(正確には一億九〇〇〇万円)を除く約一億七〇〇〇万円ないし一億八〇〇〇万円の保管関係についての点であるというべきで、被告人に受け渡された金額およびその時期に関する証言については疑う余地はない。右の措信できない部分(或いは黒川の供述が曖昧な部分)は、黒川自身の税務問題等に関連していることを留意すべきである。

〈2〉 梅田証言

梅田証言の全体の流れは、自分は関与していない、黒川が全て取り仕切った、というもので、一見直接の証拠価値がないように見える。

しかし、梅田の証言の重要性は、同人を含む捜査段階の供述が虚構のものであることを認めた点にある(黒川と被告人を入れ替えた点につき二〇丁裏、三九丁裏末尾以下。そのような捜査段階での黒川からの供述の指示について(四〇丁裏)昭和六三年三月ころ、被告人が「金をもらっていない」旨述べたことにつき(二六丁裏三行目以下)、黒川・梅田の両人間の証言には食い違いはないではないが、梅田は実際の取引の内容をしらない立場にいたこと、黒川は自己の金銭的関与を詳細に述べ難かった立場であったことを捨象して証言内容を見ると、いずれも被告人の供述した事実関係が真実であることを物語るものといえる。

(4) 以上、金銭受領の時期、金額について被告人が供述するとおりであったことは明らかである。

(四)京葉住宅の位置付

(1) 原判決は、実在性の有無を問わず、京葉住宅を被告会社の裏金を作るためのダミー会社と断定し、これに対する支払金一億二〇〇〇万円を全額脱税経費として損金計上できないものとした。

(2) 脱税経費としてのいわゆる「B勘」が法人税法上の損金として計上されえないという論理適用上の当該税務計算の主体は、収入の全体を把握掌握した会社であって、「脱税経費」は、その収入の内から、架空かつ多額の支払領収証を受領したこととし、その架空経費の一部について実際に「B勘屋」に支払われた額をいうものである。

本件に関する原判決の認定をこれに当てはめると、京葉住宅が、被告会社の仲介料収入とされた全額の三億七〇〇〇万円の「B勘」を発行し、被告会社はそのうちの一億二〇〇〇万円を「B勘料」即ち脱税経費として支払った、ということになる。

前述のとおり、原判決は、この一億二〇〇〇万円の金額のうち、南川、菊池に対する各一〇〇〇万円の支払、京葉住宅に納税の必要が生じた場合に必要な六〇〇〇万円を除くと四〇〇〇万円となって過大でない、とまで認定している。

(3) しかしながら、右の認定については、次の四つの疑問点が存在する。

〈1〉 被告人・被告会社に三億七〇〇〇万円、或いはユニゾンへの支払金を加えた四億二二〇〇万円全体を支配する立場にあったか。

〈2〉 被告会社の昭和六二年一二月一五日時点の受領金が一億九〇〇〇万円であるとすれば、金額の割振としてもその余を脱税経費ということができるか。即ち、当初一億九〇〇〇万円の裏金を地元対策費として要求したに過ぎない被告会社につきその余の金銭の全てを「脱税経費」と認定できるか。

〈3〉 「京葉住宅」という実在しない会社の納税予定金六〇〇〇万円が当初から懸念されていたか。

〈4〉 被告会社が、昭和六三年五月一八日に受領した六〇〇〇万円を加えると被告会社の合計受領額が三億億一〇〇〇万円となるのか。

答えはいずれも否である。

右〈1〉については、ユニゾン或いは黒川らがみさと第二次開発に関し、リクルート・コスモス、小松原研修事業団からユニゾンあてに支払われるよう工作した合計額につき、被告人はその総額すら認識していなかったのであり、被告会社への地元対策費として一億九〇〇〇万円の支払が、あたかも、分前のようにして支払われたに他ならないのである。その金銭の実際の支配・分配を行ったのはユニゾン、黒川らであることは前述の黒川証言から読み取ることができる(同人調書一八丁以下、二四丁裏以下)。梅田証人も、京葉住宅が被告会社のダミーでないことが判った旨を明言している(同証人公判調書速記録三八丁裏末尾)。

また、右〈2〉、〈3〉については、原判決が金額が過大ではない、とした計算根拠についても、被告会社の当初取分が一億九〇〇〇万円であることを前提とすれば、一切成り立たないし、そもそも「B勘屋」の課税金(六〇〇〇万円)を計算に入れて脱税経費を算定すること自体が、概念矛盾と言わねばならない。

右〈4〉についても、被告会社の取得金が二億五〇〇〇万円に更に六〇〇〇万円を加えた金額ではないことは、本件の全ての証拠から明らかである。

(4) 以上のとおり、弁護人らは、京葉住宅が実在しないから金一億二〇〇〇万円が脱税経費とならない、という「論理の飛躍」をするものではなく、実在しない会社への支払は実在する被告会社以外の誰かが受領し、そのような金額の分配をした者が被告人・被告会社以外に存在するはずであるから(本件でそれが誰であるかは自ずと明らかであろう)、右金員を脱税経費とするのは誤りである、と主張するのである。

(五) 右の関係を総合すると、被告会社の金銭受領時期、その額について被告人の供述を措信できないものとした原判決の認定も誤りであることが明らかとなる。

4、「取りまとめ報酬」等の決定時期

(一) 「取りまとめ報酬」の対象業務

前述のとおり、被告人がみさと第二次開発に関して受領すべき金銭は、リクルート・コスモス、小松原研修事業団の仲介に対する対価ではなく、共同事業に関して生じる関連地元対策業務に関する対価である。この地元対策が、昭和六二年九月三〇日付共同事業契約書(以下「共同契約」という)の締結をもって終了するのではなく、反対に、その締結とともにスタートするものであることは、みさとさつき平二丁目共同事業とりまとめ契約書(以下「取りまとめ契約」という)および二通の覚書の文言からうかがい知ることができる。

即ち、取りまとめ契約においては、

「1、・・・甲(リクルート・コスモス)より依頼の本業務の遂行に努力する。・・・・・3、本委託契約の期間は、本日より3ケ月とする」

と記載され、継続的委託関係を想定している。右契約には最終合意である「共同事業契約」と全く同文の「共同事業契約(案)」が添付されていることに照らすと、所得の「委託業務」は、共同事業契約の締結に至るまでの業務を対象とするのみならず、その後の三ケ月の「取りまとめ業務」(地元対策と置き換えることができよう)を委託したものと解される。

更に、昭和六二年九月一日、二日付の二通の覚書には、各第三項に「甲(ユニゾン)は、丙(小松原研修事業団)と丁(リクルート・コスモス)との契約が解約等の不測の事態に陥らぬよう必要な協力を行うものとする。その報酬として乙(京葉住宅)は、上記2の金額受領後、当該金額受領日より昭和63年3月末日迄の期間について、当該金額に対し年7・0%で計算した金額を昭和63年3月末日迄に甲に支払うものとする」という文言があり、担当当事者こそ違え、本件で被告人、被告会社が担当すべき地元対策の必要性を示している。

これらの文書は、後述のとおり、支払金の名目を立てるため便宜的に作成されたものであるが、そのいずれにおいても共同事業契約締結の後の業務の必要性を示している点を注目すべきである。ごく常識的に考えても、単純な所有権の移転ならともかく、数年を要する継続的プロジェクトの事業主体の変更について、共同事業契約の締結そのものは一里塚に過ぎず、その後の調整関係につき配慮されないことはありえない。

この契約締結後の事後的業務こそ被告人、被告会社の担当業務だったのである。現に被告会社のその余の収入項目に計上されている「対策費収入」はまさにその性質を持つものであった。

原判決は、共同事業取りまとめ業務は、共同事業契約の終了時点で終了しているとの理由で、右の指摘を排斥しているが、トラブルの不発生が、被告人、被告会社が右共同事業に賛意を表し、協力する態勢を採ったからであることを無視した議論である。被告人・被告会社の日常活動そのものが地元対策、地元交渉であり、被告人が近隣住民等に共同事業への賛意を伝えたことなどで反対運動等の問題の発生をおさえることができたのである。

このように考えれば、被告人・被告会社の対象業務は、共同事業契約締結後になされ、昭和六二年一〇月期事業年度をはるかに超えて継続したものであることが明らかである。

(二)「取りまとめ契約」の成立時期

本件共同事業に関する諸契約書表示上の時系列は、

〈1〉 昭和六二年九月一日 取りまとめ契約

覚書(うちリクルート・コスモスに関するもの)

〈2〉 同月二日 覚書(小松原研修事業団に関するもの)

〈3〉 同月九日 共同事業体による三郷マンション建設分譲に関する基本合意書(以下合意書)という)

〈4〉 同月三〇日 共同事業契約

とされているが、右のうち、両覚書の実際の作成日は、昭和六二年一二月一五日であったことについては捜査段階から争いがない(梅田検面調書三七丁)。

次に、取りまとめ契約の成立時期については、証人黒川が

「・・・それは、多分リクルートさんがユニゾンへ金を支払ったときだと思います」(同人公判調書速記録九丁裏)

と証言するほか、右〈3〉の基本合意書と実質的相違点のある〈4〉の共同事業契約をそのまま(案)として添付したものであることから、客観的に作成期日のずれは明らかである(基本合意書と共同事業契約の実質的相違については、平成三年三月一八日付弁護人らの「事実取調請求書」四頁以下参照)。

原判決は、結論として取りまとめ契約のバックデートを否定し、その理由として、黒川証言以外の関係証拠の一致を指摘する。しかしながら、梅田については捜査段階の供述が虚偽であることを公判廷で認め、更に、取りまとめ契約を含む共同事業関係の契約締結には実質的に関与していないことを認めている(同人公判調書速記録二四丁裏以下参照)。

また、原判決は、梅田証言が契約時点で「暑かった」旨述べている点をも根拠としているが、同証言は、「夏暑かったんだよな。」という供述の後に、「小松原へ行ったときに。」という証言に続いている(同証人証言調書二丁裏三行以下)。ところが、取りまとめ契約には小松原研修事業団は何ら関与していないのであるから、同人の右証言は、取りまとめ契約の作成時期に関しては何ら参考とならない。

また、原判決は、取りまとめ契約の実質的な成立時期が昭和六二年九月より前である旨の認定をしているが、黒川証言はもとより、梅田証言においても、ユニゾンへの入金額は、入金時まで知らされていなかったこと(同人証言調書二一丁)、「お金が何しろ振り込まれない限り、この契約書自身が無効になっちゃっているんです(同三五丁裏)」と金額の入金が取りまとめ契約の実質的な前提となっていることを述べ、口頭による明確な合意も入金時である昭和六二年一一月後半まで成立していなかったことを示している。

また原判決が認定根拠とする田中隆の検面調書については、この点に触れた箇所は、「委託契約書の作成日付をさかのぼらせたのかもしれませんが、そのような記憶は薄いのです」と極めて曖昧な供述となっている(同人検面調書一四丁裏参照)。基本合意書と共同事業契約は実質的内容に相違点がある以上、基本合意書以前に共同事業契約と同文の案文が作成されることはありえないので、右田中の供述のバックデートを認めたものと解される。

以上の証拠を総合すれば、原判決の認定根拠はいずれも理由がなく、取りまとめ契約の文面等の客観的内容を含み、同契約が支払側の都合でバックデートされたものであることが認められ、実際の作成時期は、黒川証言のとおり、リクルート・コスモスからユニゾンへの支払時期と近接した昭和六二年一一月後半以降であることが明らかである。

してみれば、みさと第二次開発に関してユニゾンへの支払額の決定は昭和六二年一一月以降であり、仮に右金銭が仲介手数料の性質を有するものであるとしても、収益帰属年度は前掲最高裁判例の趣旨に照らして、昭和六三年一〇月期事業年度以降となる。

(三)被告人取得分の決定

みさと第二次開発に関して被告会社が取得した金額は、その金額を問わず、リクルート・コスモスからユニゾンに支払がなされた昭和六二年一一月二六日以降である。

この点につき原審判決は、被告人以外の関係証拠の一致を理由に右主張を排斥した。

しかしながら、被告人の供述以外にもこれを裏付ける証拠は多数存在する。

梅田の証言中には、

「ただ、あなた方の仲介者としては取りまとめすれば、それで一応は終わるんじゃないですか。

通常はそうです。

通常はそうですか。

はい、通常はそうです。ただ、リクルートさんから言われたのは、今回はちょっと分かんないよということを言われていたんです。

分かんないよというのは、どういう意味ですか。

要するに、取りまとめするければも、実際にお金が振り込まれるのがすぐには無理かもしれないということを言われました」(以下同証人調書三五丁裏末尾二行以下)

と述べ、ユニゾンへの取りまとめ報酬の支払は不確定であったことを言い、一方黒川の証言中には、

「・・・大和ビルさんに払うということは、多分それはリクルートさんとの間で決まってたことでしょうけれども、ここに現れているユニゾンという会社へ、じゃあなぜ払うかということは、その時点では全然決まっている話ではなかったと思います」(以下同証人調書一一丁三行以下)

という箇所があり、被告会社への支払の原資となるユニゾンへの支払が、共同事業契約の時点で不確定であったことを示している。

要するに、両証人とも、被告会社に支払がなされるかどうか最終決定したのはかなり後のことであった旨を述べているのであり、これら証言と被告人の供述内容は、結論的に一致する。

このように被告会社への支払そのものが決定した後に、被告人・黒川の間で被告会社の取得分が定められたのであるから、被告会社の金銭の取得、その額の決定は、昭和六三年一〇月期に属する昭和六二年一一月以降になされたものと解すべきである。

5、ほ脱の故意について

(一)被告人は、昭和六二年一二月末日までになした同年一〇月期事業年度の法人税申告の時点で、同年一二月一五日に受領したみさと第二次開発に関する被告会社受領金が昭和六三年一〇月期事業年度に属する対策費収入であるとの認識を有していたのであるから、同人が右収入を昭和六二年一〇月期の収入に計上せずに法人税申告したとしても、偽りその他不正の行為により法人税を免れる意思、即ちほ脱の故意は存在しなかった。

この点について、客観的情勢については、前記第一点第二、2ないし4記載の各証拠により裏付けられるし、被告人自身の認識については被告人が第一審公判廷以来繰り返し述べるとおりである。

(二)原判決は、右の点について、被告人の捜査段階における供述に依拠して被告人におけるほ脱故意の存在を認定している。

しかしながら、梅田証言、黒川証言で明らかにされたとおり、捜査段階における関係当事者の一致した供述そのものが虚構であり、被告人もその段階では基本的に、その虚構と口裏合わせをしていたに過ぎないのである。

(三)被告人がみさと第二次開発に関する受領金を昭和六三年一〇月期に属する収入と認識していたことの裏付としては、被告会社の経理担当宇田京子の答申書(甲第七一号証)および同所添付別紙1、2記載のとおり、査察後に、殊更に被告会社の口座に入金されたことがあげられる。

これは、被告人において収入が昭和六三年一〇月期に帰属するとの認識でなしたもので、うち金六〇〇〇万円については昭和六二年五月一八日に黒川に持参させたものである。

また、前述の宇田京子の答申書も、昭和六三年五月の入金時点(計上時)の被告人の認識をつぶさに物語っている。

(四)以上のとおり、被告人は、昭和六二年一二月末に、被告会社の昭和六二年一〇月期の所得と認識したものであるが、被告自身は、昭和六二年一二月一五日に金一億九〇〇〇万円を受領するまでの金額交渉に殆ど関与せず、また自分は対策費として受領するという立場にいたものである以上、右認識は事実の錯誤としてほ脱の故意を阻却するものである。

二、郷総合企画の収入に関するほ脱故意

1、客観的事実関係

(一)争いのない事実

(1) 被告会社、郷総合企画の事業年度

被告会社は一〇月期決算で、一二月が法人税申告期限であり、郷総合企画は三月期決算で五月末が法人税申告期限である。

(2) 本件公訴事実において被告会社の昭和六二年一〇月期事業年に属するとされた郷総合企画の不動産譲渡所得は、金二三七、七〇九、八三二円であったところ、右の金額が郷総合企画の昭和六三年三月期に属する時期(昭和六二年四月一日から昭和六三年三月末日まで)に計上されたものである。

(3) 本件の査察に先立ち、金二三七、七〇九、八三二円の郷総合企画名義の不動産譲渡所得について同社より法人税申告を行うべく準備されていた(この点については、公訴提起後の第一回保釈決定に対する検察官の準抗告の理由において「昭和六三年春ころ・・・、被告人は前記青木をして、・・・あくまでも郷総合企画の取引・収入として申告させようと画策した・・・」と主張されていることを参照されたい)。

(二)この点に関する事実上の争点

この点に関しては、後述する憲法上および法律上の問題点が中心であり、事実上の争点としては、被告人において郷総合企画の譲渡所得として申告する意思を持ったのは何時か、という点につきる(なお、弁護人らは被告人において被告会社の申告期限である昭和六二年一二月末日ころまでの時点において郷総合企画名義の取引による収益を同社の所得として申告する意思を有していない場合には、被告人に被告会社の昭和六二年一〇月期事業年度の法人税のほ脱意思がある、とする原審の法律解釈については争う)。

この点について被告会社代表者青木新治は、第一審公判廷で次のように述べている(以下平成元年七月二五日付青木新治供述速記録三一丁以下)。

「その後郷総合企画の税務申告などに関して税務調査かなんか受けたことがありますか。

あります。

(中略)

いつですか。

昭和六二年の一二月頃ですが。

あなたの手帳を見ますと、六二年の一二月九日に武蔵野税務署から青木キョウセイに対する税務調査があったという記載があるんですが。

はい。

御記憶がありますか。

ええ、そのときですね。」

と、昭和六二年一二月中には郷総合企画の所得の税務問題が既に生じていたことについて具体的根拠に照らして述べているのである。

また、同人は郷総合企画の収入については、予想をはるかに上回ったので、昭和六二年九月ころに、小松原研修事業団の小野吉男のアドバイスにより、被告人と同人が相談のうえ、郷総合企画の所得として申告することを合意した旨を具体的に供述している(同人の前記速記録二六丁以下)。

更に、総合企画については、青木不動産のダミーと決めつけられた形での調査がなされたこと(同三二丁以下)、本店を青木不動産と同じ武蔵野税務署管轄内に移転するよう担当統括官から指示されたこと(同丁)、昭和六三年五月一五日までに顧問税理士に関係書類を持参し、同月末日までに申告することで担当統括官と合意したこと(同三三丁以下)が極めて具体的に供述されている。

2、郷総合企画名義の所得に関する真実

以上を総合すると、被告人および被告会社代表者青木は、郷総合企画名義の取引の利益が過大となっていたところ、昭和六二年九月ころに小松原研修事業団の小野吉男のアドバイスを受け、郷総合企画として納税を行うことを決め、同年一二月九日に武蔵野税務署が青木不動産の税務調査に乗り出したことから、同社所得について青木が武蔵野税務署統括官と対応し、昭和六三年三月ころまでに、同統括官との間で、同年五月末までに同社の税務申告を行うことで合意していたのである。

その納税期の直前に、被告会社に対する査察がなされて、郷総合企画は被告会社のダミーである旨認定され、その後の捜査、検察側公判提出記録から右の事実の裏付けは抹消されたが、皮肉なことに、前述のとおり、第一次保釈決定に対する検察側準抗告理由中に、右の事実関係の裏付が記載されているのである。

3、ほ脱故意の不存在

右事実に照らせば、原判決の法律解釈に依っても、郷総合企画名義の取引に関し、被告会社の昭和六二年一〇月期事業年度の法人税申告期までに、右取引に関する税務申告を郷総合企画の名義で行う意思を被告人・被告会社において有していたことが明らかであり、右取引に係る収入について、被告人・被告会社にほ脱の故意はなかったというべきであり、原判決の事実認定の誤りは明らかである。また、郷総合企画名義の売買取引(その他の取引を含むと一層多額となる)による所得金は金二三七、七〇九、八三二円(修正申告書を基礎に計算した数値である)でこれに対する税額は金一四七、三八〇、〇九五円に上り、原判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第二点、原判決が郷総合企画名義の取引について、これを被告会社のダミーと認定したうえ、先に到来する被告会社の税務申告期までにダミー会社名義の所得の納税意思の有無により、ダミー会社の申告期限に拘わらず、被告会社のほ脱の故意の有無が決せられるとした法律判断は、

(一)「ダミー会社」という認定、および誰のダミーであるかということにつき極めて抽象的かつ不明確なものであって、法律の定めによらず専断的に法人税法一五九条の適用による刑罰を科すものであり、憲法三一条に違反し、

(二)郷総合企画の取引として計上される限り、昭和六三年五月末日までに申告されれば、法人税法一五九条違反は生じなかった合法な行為であったところ、当該取引を恣意的に被告会社の所得と認定し、昭和六二年一二月末日に遡って右法条違反と判定する結果となり、遡及的処罰を禁止した憲法三九条の趣旨に違反し、

(三)以上の憲法およびその趣旨に違反する法律解釈の結果、法人税一五九条一項の解釈を誤ったものである。

第一、「ダミー」の曖昧性とほ脱行為の構成要件的故意

一、税務上のダミーの定義について

1、「ダミー」の類型

税務上、ダミーというとき、本来の収益帰属主体以外の収益帰属名義人という定義でほぼカヴァーされよう。ところで、このような「ダミー」が税務上違法性或いは不当性を認められるのは概ね次の類型にわかれる。

〈1〉 累積損失を有する会社等、損益相殺を期待できる収益帰属名義の利用(いわゆる「利益を被る会社」。)

〈2〉 個人・法人の使い分け、或いは名義の分散等、帰属主体を操作することにより税法上の課税・非課税、税率に差違を生じせしめる利用(従前の有価証券取引に関するキャピタル・ゲインについて多用された)。

〈3〉 税務当局等から注目されていない法人を利用し、当該収益帰属主体の税務申告を行わないか、過少申告により税負担を免れるための利用。

右のうち、〈1〉〈2〉は、脱税と節税の接点に位置する利用方法であり、いわば公然としたダミー利用である。

〈3〉の類型は、本件の有限会社神田川商事、有限会社あすなろ等が典型例であって、いわば非公然のダミーであり、実質的には所得除外行為にほかならないのである。ところが、この類型の会社が公然と適法に納税申告する場合、企図された所得除外は意思が消失していることに注意されなければならない。この点が、〈1〉、〈2〉との基本的な差違といえよう。

2、ダミーと「実態」の有無

郷総合企画の取引が被告会社に帰属することの理由付として第一審以来、同社に「実体がないこと」が最大の理由とされている(原判決一八丁裏九行目参照)。

しかし、とりわけ不動産取引について法人の「実体」というものが何程の意味あいを持つかは極めて疑問である。法人の大小を問わず、備品も、独立の従業員もおらず、役員も名ばかり、という不動産所有名義人が極めて多数存在することは公知の事実であり、それらの法人が不動産処分するときは、特段の事情がない限り、当該法人の所得として申告され、異議なく処理されている。弁護人らは民事実務において法人として「実体のない」土地保有会社の土地売買に関する業務を行っているが、当該法人に「実体がない」との一事をもって、他の収益・損失帰属主体を観念することはない(現実に特定の不動産所有のみを目的に設立される会社も多数存在している)。

一方、当該「実体のない」法人に損失が計上されたとき、当該法人が実体がないが故に他の主体の損失である旨の認定は、原則としてなされていないのである。

かように、郷総合企画が通常の法人としての施設・人材を整えていなかったとしても、その点のみを把えて他の収益帰属主体への税務上の全面的帰属関係を認めることは正当ではない。

問題は、当該法人名義の取引において、当該会社が課税当局に注目されていないことを利用して、所得を除外する意図があったか否かに帰するのである。

二、ダミーの帰属先

1、郷総合企画は誰のダミーか

郷総合企画の取引について、収益帰属主体を観念するとしても、同社自身(申告期限昭和六三年五月末日)のほかに、少なくとも三つの主体が考えられる。

〈1〉 青木不動産(申告期限昭和六三年五月末日)同社代表者の青木新治(以下青木という)は郷総合企画名義の取引および銀行口座の取扱において主体として行動していた。このことから武蔵野税務署が、同社を郷総合企画の収益帰属主体と認定したのである。

〈2〉 被告人自身(申告期限昭和六三年三月一五日)右青木が誰の計算で動いたかについては、被告会社ではなく、被告人自身の計算で動いた、という見解も成り立つ。被告会社自身は弱小企業であり、その経営主体であった反面その役員でもなかった被告人自身に刑事責任が問われている本件の性質からも右解釈は成立しうる(青木の前記公判速記録末尾六丁四行目の裁判官の質問参照)。

〈3〉 被告会社(申告期限昭和六二年一二月末日)本件操作段階以来の認定である。

このように、それぞれに相応の合理性をもって被告の収益帰属主体を観念できるとき、誰のダミーであるかは一義的なものとはいえないことが明瞭なものとなる。

2、帰属主体によるほ脱行為の有無

誰のダミーであろうと、所得除外行為が法人税法一五九条等所定のほ脱行為であることに弁護人らは異を唱えるものではない。

しかしながら、誰のダミーかにより、ほ脱行為の成否が決せられる場合、即ち本件のように、申告期限が観念しうる収益帰属主体により異なる場合に、最も早い時期に申告期限を迎える被告会社の申告期限におけるほ脱意思があれば、当該名義会社の申告期、或いは考えうる他の収益帰属主体の申告期に拘わらずほ脱の意思がある、と断じることは、納税者に対し極めて恣意的にほ脱行為の存在を肯定する結果となる点を問題とするものである。

納税者は、常識として、個人事業者であれば、毎年三月一五日、中小企業であれば決算期の二箇月後を所得税・法人税の法定期限と認識し、その法定納期限までの決算完了というタイムスケジュールで会計処理をしているのである。自己の法定納期限までに申告・納税することにより脱税を行っていない、という認識は万人共通ではあるまいか。

それが他者のダミーという認定のもとに法定期限の数箇月前に既に脱税を行っていた、とされることは納税者の法的安定性を著しく害するものである。

三、ダミー認定と法定納期限

1、以上の考察から、ある会社を他の会社の収益帰属主体とするダミーであると認定する場合、収益帰属会社の法定納期限を徒過しても、当該ダミー会社の法定納期限までに、任意に税務申告する意思が認められる限り、法人税法一五九条違反の故意は阻却されるというべきである。

2、このように解釈しないと、郷総合企画が青木不動産のダミーなら、同社名義の取引について申告期までに申告意思を有し、被告人個人のダミーとしても同様に申告意思を有していたことになり、独り、被告会社のダミーと認定することによってのみ申告期に申告意思がなかったという結果となり、極めて不明瞭かつ不合理な結果となる。

前述のとおり、非公然的なダミーの利用は、ダミー名義の所得ほ脱の企図にほかならないのであるから、当該会社の申告期までに納税する意思が生じた場合、即ちほ脱意思が消失した場合は、税務上、何ら違法行為は存しなくなるものというべきである。

第二、原判決解釈の違憲性

一、憲法三一条違反

1、ダミー認定の手続的適正の不備

(一)憲法三一条が刑罰を科すにつき手続的適正を要件としていることについては、その文言上明らかである(最高裁昭和三七年一一月二八日大法廷判決・刑集一六巻一一号一五九三頁)。右判決は、周知のとおり、関税法に定める第三者所有物の没收につき、告知、弁解、防禦の機会なく刑罰を課すものであり、「適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を課するに外ならない」から同条に違反するものとしたのである。

(二)この理を本件について充てはめると、郷総合企画という法人名義の取引は、被告会社のダミー取引であると認定された結果、法人税法一五九条違反に問われる結果となったのであり、郷総合企画それ自体、或いは、その他に観念されうる収益帰属主体の所得と認定されれば同法条の違反はなかったこととなるのである。

このことは特定の収益帰属主体へのダミー認定により、本来申告意思のある法人の所得ほ脱の意思を恣意的に決定するに等しいものである。とりわけ、未だ強制力を伴う税務調査の対象となっていない段階では、取引名義法人、もしくは税務当局から納税主体として指摘された法人(本件では青木不動産)の申告期限前において納税意思を明らかに有している場合、既に申告期を徒過した法人のダミーとして認定されることは納税者の予測を裏切るもので適正な法律手続を要求した憲法三一条に違反するというほかはないのである。

2、罪刑法定主義に対する違反(憲法三一条、同三九条)

(一)憲法三一条が、刑事実体法の法定、即ち罪は刑法定主義をも定めたものであることについては、大阪市売春条例事件における御庁の御判断から明らかに読みとれるところである(最高裁昭和四四年一二月二四日大法廷判決。刑集二三巻一二郷一六二五頁)。

(二)罪刑法定主義の実質的な内容は、第一に罪刑の法定、第二に罪刑の均衡、第三に類推解釈禁止、第四に遡及処罰の禁止にあるものとされている(団藤重光・刑法要綱総論初版三五頁)。このうち、最後の点は、憲法三九条との関連で論じられている。

第一に、罪刑の法定ということは、刑事法の運用において官憲の恣意を封じることを意味し(同書三七頁)、より具体的には犯罪構成要件の明確化ということに帰着する。

前述のとおり、税法上のダミーという言葉それ自体が多義的であるうえ、ダミーの収益帰属主体の認定においても必ずしも法律上の明確な指針があるものではない。このような場合において、ある収益帰属主体を認定すれば犯罪行為(ほ脱行為)となり、ある収益帰属主体を認定すれば犯罪行為とならないような事案においては、特段の事情がない限り、犯罪行為としてのほ脱行為を認定するには、少なくともより客観的・一義的に定まる当該取引名義会社の申告期においてほ脱意思の有無が問われるべきである。

また、類推解釈の禁止という要素は、行為者に対する不利益な類推解釈の禁止に他ならない。郷総合企画を被告会社のダミーであると認定することにより、郷総合企画の申告期限に依らず、被告会社の申告期限に基づいて、郷総合企画名義の取引の収益帰属年度を決することは、納税意思の発現時点という極めて主観的な事項につき、行為者に不利益な解釈を行うことに外ならない。

(三)次に、罪刑法定主義の一つの発現である事後処罰の禁止は憲法三九条に明定されているところであるが、取引名義会社(郷総合企画)の申告時までに納税意思を有していたものに対し、被告会社の申告期(昭和六二年一二月末)まで遡らせて、ほ脱行為と認定することは、行為の時点を恣意的に遡及させて処罰をすることにほかならず、その判断基準が極めて曖昧であることと相まって、事後処罰の性質を有する。

憲法三九条にいう「実行の時に適法であった行為」とは、本件において郷総合企画の法定申告期限における納税意思の存在をもって満足されるものと解すべきであって、事後的かつ曖昧なダミー認定により、法人税法一五九条の罪を適用することは憲法三九条にも違反するものといわなければならない。

第三点、みさと第二次開発に関し、京葉住宅に支払われたものとされた金三億七〇〇〇万円中、被告会社に支払われた金二億五〇〇〇万円を除く金一億二〇〇〇万円を

(一)被告会社の昭和六二年一〇月期に帰属する収入としたこと

(二)仮に被告会社の同期収入に帰属するとしても同額を損金計上しえないものとしたこと

はいずれも法人税法二二条(法人所得の金額計算)の解釈を誤り、結果として同法一五九条違反の刑事責任を過大評価したものであり、右法解釈の誤りが原判決に影響を及ぼしたことは明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第一、原判決における法人税法二二条の解釈の誤

一、本来所得計上されるべき金額

1、原判決の結論の誤

みさと第二次開発に伴う被告会社の受領金額、その時期、その性質についての原判決の事実認定の誤りについては第一点に詳述したとおりである。

しかしながら原判決の認定事実に基づいても法人税法二二条二項に定める益金の額に算入されるべき金額は、被告会社が役務の対価として受領した金額(最大限金二億五〇〇〇万円)に限られるべきである。

2、益金の算定の上で考慮すべき事項

(一)法人税二二条二項は「内国法人の各事業年度の益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡、又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本取引等以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする」と定め、当該事業年度における当該法人の役務の対価をもって内国法人の益金の額とする旨を定める。

(二)この関係で把えれば、他人の役務の対価は、当該法人の収益とならないことは自明であり、然るが故に、みさと第二次開発に関する「取りまとめ報酬」合計金四億二二〇〇万円のうちユニゾンが取得したとされる金五二〇〇万円が被告会社の収益から除外されているのである。

(三)このように特定の法人の年度事業所得を算定するうえでは、計上された収益が、当該法人の役務の対価であるか否かを厳密に認定しなければならない。

3、集団活動による不動産仲介等に関する益金の帰属主体

不動産の仲介等の業務において、複数の当事者がそれぞれの役割分担をもって関与し、一括金としてそのうちの一部当事者に支払われた金銭を関係各当事者の間で分配された場合、それぞれの当事者の受領額が当該当事者の役務の対価として計上されるべきである。

この場合に、関係当事者間の力関係、業務関与の程度に相違があり、金額の配分が均等であることもありうるが、最も多額の金額を入手するものに全額帰属を認める合理的根拠は存在しない。ただ、金銭の分配にあずかるものに支配・従属の関係がある場合には、全額を支配的立場の者の収益とし、従属的立場のものへの支払が適正を業務対価であるかぎり後述するとおり、必要経費として損金計上が認められる結果となるのである。

4、本件における右法理の適用

この理を本件に当てはめると、被告会社がみさと第二次開発の役務の対価として受領した金銭は、合計で金二億五〇〇〇万円を上回ることはありえず、その余の金銭(少なくとも金一億二〇〇〇万円)はその他の役務を履行した者への業務対価に外ならないのである。

原判決は、右金一億二〇〇〇万円が、「京葉住宅に納税の必要が生じた場合の税金相当分六〇〇〇万円並びに南川及び菊池の代理人に対する謝礼各一〇〇〇万円が含まれていることが窺われ」との判断述べる一方(原判決一一丁表末尾二行以下。なお「納税の必要が生じた場合」とはいかなる意味をもつかの不明であり、しかも納税の必要が生じたばあいの「税金相当分」があらかじめ六〇〇〇万円と決まっていること自体奇異というべきである。)、「確かに、京葉住宅の実体は証拠上明らかではなく、その実在性に疑問の余地がないではないが」(同一〇丁裏五行以下)と、京葉住宅の存在が虚構であることを暗に認めているのである。そうであるとすれば、実在しない会社の税金相当分六〇〇〇万円への配分という極めて不合理な認定と評価することができる。この金額に、実在しない会社への支払「実額」とされる金四〇〇〇万円(同一一丁裏一行目)を加えると、何人かが、少なくとも金一億円を最終的に享受したことが明らかであって、黒川、梅田の証言の全趣旨から、この金額は、被告人が実際に担当しなかった業務分野、即ち、「取りまとめ業務」を行った者に帰属する対価であったことが明らかであり、南川、菊池の代理人に対する合計二〇〇〇万円の支払も、この者がダミー会社として京葉住宅を利用したことにかかる経費にほかならず、これらはいずれも被告会社以外の収益帰属主体の役務に対する対価であり、被告会社の収益からは除外されるべきであった。

二、金一億二〇〇〇万円の損金不計上の誤

1、二重の問題点

原判決は、本件において京葉住宅に支払われたとされた金一億二〇〇〇万円は、脱税経費であるとの認定の一事をもって、被告会社に同額の損金計上を否定した。

このことは、以下に述べる二つの意味で法人税法二二条三項の解釈を誤ったものである。

〈1〉 第一に、一般論として、納税者が、所期の利益を計上する必要上他の特定した収益帰属主体に金銭を供与した場合は当該収益を上げるための必要経費として同法二二条三項所定の損金として認められるべきである。税務実務は、本件を含め、一貫してこの解釈を採っているが、この見解は、同一金銭に対する二重課税の回避、納税者間の不平等(一方に他方当事者の帰属収益まで課税すること)の回避という意味で合理性を有しており、原判決の解釈は誤りである。

〈2〉 第二に、過去の下級審判例において、脱税経費の損金不算入と判じられた例は、水増領収証の作成に伴う一部給付金(いわゆるB勘代)等、実際の支払金額が経費の水増等の不正な税務処理そのものに用いられた事例であって(東京地裁昭和六二年一二月一五日判決・判例タイムズ六六一号二五八頁、東京高裁昭和六三年一一月二八日判決・判例タイムズ六九四号一六八頁他)、本件のように、金一億二〇〇〇万円という巨額で、しかも、当該金銭の大部分が、みさと第二次開発の取りまとめ業務その他の関連業務に携わったもの、およびその関係者に渡ったという事例とは、その本質を全く異にしている。このように、もともと分配の対象となった金銭と対価関係に立つ役務をなした者への帰属金については、仮に被告会社においてその余の金額が裏金となることを所望したとしても、当該役務をなした者への分配金を脱税経費と安易に判定することは明らかな誤りである。

なお本件において、右一億二〇〇〇万円の他にも脱税経費として損金不算入とされた金銭は多額に上るが、これらについては前記下級審判例の事例に照らし、弁護人らは敢えてその判定に不服を唱えるものではないことを申し添え、以下に〈2〉の論点を中心に論じることとする。

2、金銭分配の経緯

第一点で詳述したとおり、本件の真相は、原判決認定事実と全く別の所にあるが、少なくとも、以下に延べる限りでは、異論はないものと解される。

即ち、被告人は、みさと第二次開発に関連して自己が取得できる金銭を裏金で受領したいと考え、黒川らユニゾン側の者らと協議のうえ決定した裏金の額(その金額については二億五〇〇〇万円か一億九〇〇〇万円かについて争いがある。)を受領した、という事実経過である。

ここで注目すべきことは、被告会社に渡らなかった金銭については、第一に被告会社のコントロール下にはなく、第二に、実際にみさと第二次開発取りまとめ業務に携わった者の支配下にあり、第三に、その金銭の行方は結局解明されていないということである。

被告会社は、最終的に金二億五〇〇〇万円を収受したことを否定するものではなく、また、当初、一億九〇〇〇万円を裏金としたいと希望したことを否定するものではない。ただ、それら金銭と金三億七〇〇〇万円との差額については、自己は全く支配下においたことはない旨主張するのである。

前述の第一点で触れたとおり、右みさと第二次開発に関する支払金は、明らかに、関係当事者間で分配されたものであって、三億七〇〇〇万円という途方もないB勘領収書に対して、これまた一億二〇〇〇万円という巨額の脱税謝礼金が支払われたというものではない。右一億二〇〇〇万円の大部分は、取りまとめ業務関与者の手中に存在するのである。

3.金一億二〇〇〇万円を収益計上する以上損金計上が承認されるべきこと

前述の第三点、第一、一で述べたとおり、右のような経過で当該役務関与者に分配された金額については、法人税法二二条二項の解釈上、被告会社の益金は計上されるべきではないが、仮にこれを含めた額を被告会社の益金として計上するのであれば、本件の関東信越国税局の承認のもとになされた修正申告のとおり、同額を収益計上のために必要な経費(損金)として承認されるべきである。

第二 第三点に関する小括

実際には被告人が自分の分前を裏金にしてほしいと希望したに過ぎない本件において、「裏金作り」という先入観に惑わされて安直に、被告会社のみさと第二次開発に関する収益金額を金三億七〇〇〇万円と認定し、金一億二〇〇〇万円の全額を脱税経費と認定したうえ損金計上を否定した原判決は、当該金銭の性質、帰属関係を明らかに見誤った事実の誤認があるばかりではなく、計上されるべき益金の算定を誤った点で法人税法二二条二項の専ら税を免れるために拠出されたものではなく、当該役務担当者の手中に帰した金銭がそのほとんどを占める金一億二〇〇〇万円について脱税経費として損金計上を全面的に否定した点で法人税法二二条三項の解釈をも誤ったものである。

また、右の原判決の判断は、自らの支配下になく、他の役務提供者の支配下にあった金銭についてまで脱税経費として損金計上を否定する点で、自ら取得した益金について、架空経費を水増見積書等によって計上し、謝礼金を支払った事例について、当該謝礼金を脱税経費として損金計上を認めなかったに留まる前掲東京高等裁判所の判例(昭和六三年一一月二八日判決)の趣旨をも大きく逸脱するものである。

この金額は極めて多額に上るため、同法一五九条違反の刑事責任の評価に著しい影響を及ぼすものである。

第四点、原判決の刑の量定は甚だしく不当であり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

第一、脱税金額について

一、原判決の量刑事由

原判決の量刑判断については、原判決一九丁裏以下に述べられているとおりであるが、その主たる判断要因は、脱税額にあるものと解される(同二〇丁裏)。

二、本件「脱税額」の実態

1、本件公訴に係る脱税額は多額に上るが、前記第一点(みさと第二次開発に係る受領金)、第二点(郷総合企画名義取引の収入金)のいずれについても、収益帰属年度は、事実上も法律上も極めて微妙な問題を含み、それら収入が仮に被告会社の収入であるとして帰属年度を昭和六三年一〇月期とする扱いも十分に可能なものであった。

少なくとも右の二点については、主に資料調査(いわゆる料調)により摘発される脱税事件案の多くにつき被摘発者の決まり文句といわれる「見解の相違」の範疇に収められるべきである。右の「見解の相違」と称せられる案件の多くが、金額が多大であるにも拘わらず告発の対象とすらなっていないことは本件の量刑において大いに参考とされなければならない。

右のような「見解の相違」事案が告発対象とならない理由は、法人税法一五九条所定の「偽りその他不正の行為」に該らないか、或いは、これにより税を免れる故意がないものと認定される結果と思われる。そのような意味で、本件はそれら案件と全く択ぶところがないのである。

2、みさと第二開発受領金について

みさと第二次開発に関する被告会社の収入は、金三億七〇〇〇万円に上り、昭和六二年一〇月期事業年度の脱税額の半分に迫る額に達している。

ところが、右金額は支払元であるリクルートコスモス、小松原研修事業団のいずれについてもユニゾンに支払をなしたのが昭和六二年一〇月期を徒過した同年一一月であり、更に、右金銭の受領者であるユニゾンが被告会社に支払をなしたのは、更にその後の同年一二月であり、本書第一点で詳述したとおり、被告人自身は将来にわたって用いる対策費と認識していたのである。

右のうち被告人自身の認識は、それ自体が争点となっているので、この点を捨象しても、少なくともユニゾンから京葉住宅への支払根拠として作成された二通の覚書の作成時点は昭和六二年一二月一五日ころであったことは争いがないため、第一審以来、右金三億七〇〇〇万円が昭和六二年一〇月期中に決定していた旨の認定は、いずれも口頭合意を前提とした極めて技巧的な解釈によるものである。

通常人の理解度および税務知識を基準にする限り、右金三億七〇〇〇万円を昭和六二年一〇月期の税申告期(同年一二月末)までに同期に属する収入であると認識することは困難であり、同期の他の収入金とは極めて異質なものといえる。

従って、金三億七〇〇〇万円を他の収入と同日に論じる原判決の量刑判断には多大の疑問がある。

3、郷総合企画名義取引の収入金

郷総合企画名義取引収入については、別の観点で他の収入と区別されるべき理由が存在する。

即ち、昭和六二年一二月ころから武蔵野税務署において郷総合企画名義の取引を青木不動産の取引と想定し、青木に対して同社名義での申告を勧告し、より具体的に同社を武蔵野税務署管内に本店移転するよう勧告した、というのである。

第二点で詳述したとおり、税法上のダミー会社の実際の収益帰属主体の認定は必ずしも一義的に定まらないことから、税務署から右のような勧告を受ければ、青木不動産名義もしくは郷総合企画で同社名義取引収入を同時申告することをもって適法に納税申告できると信じることは疑を容れない。

同社取引名義の収入(株式会社サンランドからの対策費収入を除く)は昭和六二年一〇月期のみで、金二三七、七〇九、八三二円に上り(昭和六二年一〇月期に係る修正申告書に基づき算定した)、その全てについて課税土地利益金として二〇パーセントの利益課税がなされている。

このような多額の収入金は、第二点で詳述したとおり、税務当局が、当初の武蔵野税務署と異なる見解のもとに、被告会社の収入である旨認定したのであり、財務当局内部においてすら「見解の相違」が存在したのである。

従って、郷総合企画名義の取引に係る収入も他の収入と同視して量刑の資料とした原判決の判断は誤りである。

なお、右の収入には課税土地利益金を含むので、税額として一億四〇〇〇万円以上減額することになる。

4、以上の二項目について、前述の「見解の相違」と同視して、他のほ脱額と区別して計算すると、ほ脱犯に対し実質的に考慮すべきほ脱所得において金六億円以上、税額において実に三億円が減少することになる。

このことに惟いを至せば、被告会社の脱税額を極めて多額と評することはできないものと思料する。

二、租税特別措置法による高税率

1、本件の被告会社の脱税額のうち、約一億三一二七万円が租税特別措置法(以下措置法という)六三条の規定に基づく利益金に関する課税額であり、通常の法人税額と区別して量刑上判断すべきことを弁護人らは主張したが、原判決は、そのような考慮はしない旨を明言した(原判決二一丁)。

2、しかしながら、措置法は、その第一条に唱われているとおり、「当分の間・・・特例を設ける」臨時的かつ政策的立法であり、本来の法人税とはその趣旨を異にするものである。

例えば、本件の対象年度中に同法六三条の二が施行され、いわゆる「超短期のスーパー重課」が課せられるようになるなどのめまぐるしい変化のある法律である。

より実質的には、このような政策的な重課税の結果、ほ脱所得がより多い事例よりも、脱税額が上回ることが大いにありうるというアンバランスが生じる。

3、課税土地利益金がこのような性質を有する特別税である以上、量刑算定上はほ脱所得額に視座を定めて決すべきであるという弁護人の主張を明確に否定した原判決の判断およびこの判断に基づく量刑の正当性については多大な疑問が存する。

三、脱税経費とされた金一億二〇〇〇万円について

1、みさと第二次開発に関する被告会社の受領金のうちの京葉住宅に対する支払名義料と認定されかつ脱税経費として経費計上すら認められなかった金一億二〇〇〇万円については、原判決が事実認定においても、法律の適用においても誤ったものであることは前述のとおりである。

2、支払名義料の税務上の取扱

支払名義料の経費性が税務上の実務において依然として経費性が承認されている理由は、第一に当該支払金を犯則者の手許から流出していること、第二に現実に当該金銭を受領した者がおり、この者が別の課税対象となること、第三に税を減らすための経費支出は、支払名義料に限らず、およそ「経費」といわれるものの一般的な性質であること等であろうと考えられる。

3、金額が異常であること

一般的に「支払名義料」或いは「B勘代」といわれるこの種経費は、名義人に対する手間賃の域を出ないものであることは本件の他の支払名義料の実額が物語っている。

これに比して、金一億二〇〇〇万円という巨額が脱税経費として支払われることは、税逃れというその本質と相矛盾するものである。

ところが本件では、この金一億二〇〇〇万円の帰属先は明確にされていない。

このような多額の金額については、その帰属主体を本来の課税対象としない限り、二億五〇〇〇万円のみ受領して、三億七〇〇〇万円の刑事責任を問われる被告人・被告会社との間で明らかなアンバランスを生じる結果となる。

4、量刑の上での考慮

以上のように、脱税経費として経費性を否定された金一億二〇〇〇万円については、少なくとも量刑上は、他の脱税金額と区別しない限り、当該金銭を受領しながら納税していないいずれかの者との間の顕著な差別を惹起する結果となる。

第二、その他量刑上考慮されるべき事由

その他量刑上特に考慮されるべき事由は、第一審弁護人提出の弁論要旨五一頁、第三、被告人らの本件に関する反省・納税意識の改善)以下、控訴趣意書五九頁以下(第四点、二)に詳述したとおりである。

とりわけ、本件は、税額完納、実質初犯の案件であること、被告人の業務には地域開発等の公共性があること、原判決が悪し様に指摘した被告人・被告会社の納税態度は、所轄税務署の指導により税理士を更迭するなど顕著な改善を見せていること、また遊興・競馬等、原判決指摘の生活態度は、本件を契機として著しく好転したこと等、原判決指摘の悪しき情状は改善し、被告人・被告会社に厳罰を課すことを不相当とする理由がより向上したことを指摘しておく。

以上のとおり、原判決の誤りは明らかであるので、これを破棄して、然るべき正当なるご判断を頂戴したい。

以上

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